一九六〇年の水俣取材開始時から知り合っていた網元の漁師の船場藤吉さんの硬直していく手の指は、年を迫って進行していった。
 船場さんは、私が訪れる数か月前に発病して市立水俣病院の専用痛棟に入院していた。その後彼が他界するまでの十年余の間に、硬直が進む手の指の形状の変化を幾度か記録を試みた。ここに掲載のカットは最初の写真で、変形の具合は初期的な症状に過ぎない。
 水俣病の症状は、一般的に視野が狭くなる人や歩行困難、会話がもつれる、手足のしびれなどが典型的なものとされる。このような症状を写真でどう表現するか、手法には戸惑うばかりであった。患者の顔を撮る方法は安易で誰もが行う。しかしそれだけでは単調すぎる。そこで硬直が顕著だと思われる老いた網元の漁師の手と指をアップで記録することにした。ストロボをカメラから離し、上部から当てた。そうすることで説明的でないドラマチックな影像になると考えた。 (桑原)